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税の歴史(海外・国内)



人類が歩んできた歴史のなかでは、古くから国やそれに近い形の自治体が誕生し、そのほぼ同時期に税の制度が誕生したと考えられています。税というものは、時代の移り変わりや国のありようによって変化を続けていくものです。現在も税の制度については議論が繰り返されており、本当に正しい税のあり方というものがどんなものなのかは、探し続けられている最中だと言えます。日本では現在の形に概ね落ち着いたと言える税の制度ですが、これまで人類の歴史のなかで税というものがどのように変化してきたのか、世界と日本のそれぞれに注目してご紹介します。

原始時代における租税

原始時代における租税

原始時代と呼ばれる古代においても、税に似た制度は実在していたと考えられています。正確な記録が残されていない時代ではありますが、考古学研究から類推すると収穫物は一旦神に捧げられ、民に再分配されていたとする説が語られており、これが正しければ、現在の税制度に似た方法であると言えます。

世界各地で続けられた税の制度

文化が大きく発展したヨーロッパでは、様々な税制度が導入されてきました。例えばローマ帝国では収入の何割かを税率とする税制度の存在が確認されており、また、商品の売買ごとに発生する税金(売上税)があったとされています。これらは現代の所得税や消費税に近いものだと考えられます。ただし、この時代の税制度は政治を担う側にとって都合よ良く実施されることが多く、税収が足りない場合には臨時で課税が徴収されたり、10年分の税の前払いが要求されたりといった悪政がたびたび行なわれていました。

国を揺るがす悪しき税制

世界の各国で実施されてきた税制には、現代の感覚では悪政とも言える重税が課せられたケースが多くあり、重すぎる税の軽減を求めた反乱がたびたび発生しています。それが歴史的事件に発展した例としては、16世紀にオランダがスペインから独立したオランダ独立宣言、17世紀イングランドの清教徒革命、18世紀のアメリカ独立宣言やフランス革命などが挙げられます。これらの原因になった国民の不満は、主に重税によるものです。また、中世ヨーロッパでは聖職者や貴族など一部の特権階級が免税になっていた場合があり、こうした不公平さも国民の不満を蓄積する原因になったと考えられています。

日本における税制の変化

一方の日本ではどのように税制度が変化していったのでしょう。ここでは日本の各時代に沿ってご紹介します。

飛鳥時代に確立した税制

日本の歴史のなかで税について記録に残されている最古のものは、卑弥呼が女王として君臨した魏志倭人伝ですが、税の制度について明確に制定されたことが分かるのは645年(大化元年)の大化の改新からです。このとき人民や土地が国家のものであるという「公地公民」の考え方が政治の方針として定められました。そして701年(大宝元年)には当時の中国で行なわれていた税の仕組みを輸入してアレンジした「租庸調」が制定されます。祖とは農民に対して課せられる税で税率は収穫の3%だったとされています。庸は年間で10日間の労働または布を納める税です。そして最後の調は地域の特産物などを納める税の内容でした。

戦国時代までの税制

奈良時代にあたる743年(天平15年)には墾田永年私財法が制定され、それまで国の所有だった土地を私有地にできるようになり、寺社や貴族など一部の層によって荘園領主が誕生します。そして農民は土地の所有者である領主に税を納めることになりました。この頃には租庸調という言葉は使われなくなりますが、税の内容としては大きく変わっていません。租庸調に対応するよう順番に表記すると、それぞれ年貢・夫役・公事という呼び名でした。こうした税制度は時代や領主によって若干の違いはありながらもしばらく続きますが、室町時代の頃には年貢が税の中心となっていき、また農民だけでなく商人や職人などに対しても税が課せられるようになっていきます。関所などで通行税を徴収していたのもこの頃からです。やがて豊臣秀吉によって太閤検地が行なわれると、それまで農地の広さで課税されていた年貢が、実際の収穫高に比例して課せられるようになりました。この当時の税率は収穫高のおよそ2/3という極めて重いものだったと記録に残されています。

江戸時代から明治時代の税制

江戸時代にも税制度は継続されており、当時の年貢は40~50%前後だったと記録に残されています。ただし年貢に関する制定が緩く法の抜け穴が多かったため、この頃に農民の生活は大きく改善されたと言われています。やがて明治時代になると1873年(明治6年)に地租改正が実施され、土地の所有者には土地の価格3%分の納税が課せられるようになります。また江戸時代から続いていた税制度が整理され、現代の税制度に近づきました。農民が収穫物ではなく金銭で納税を行なうようになり、法人税や所得税が制定されたのも明治時代からです。

大日本帝国時代の税制

戦争が続いた大日本帝国時代には増税が繰り返され、国民の生活を圧迫します。一方で現代の税制度により近づいたのもこの頃です。1940年(昭和15年)には源泉徴収制度が導入されています。

戦後、国民主権時代の税制

戦後の1946年(昭和21年)に日本国憲法が制定され、国民の三大義務として納税が定められます。翌年の1947年(昭和22年)には納税者が自ら自分の所得や税額を計算して申告し納税する申告納税制度が導入されます。また、日本が戦後の混乱期から復興を目指すにあたって、どんな税制度を定めるべきかについて、1949年(昭和24年)にアメリカのシャウプ博士からアドバイス(シャウプ勧告)を受け取っており、これを参考として現在に近い税制度が確立されました。そして、税制度はその後も時代に合わせて現在に至るまで国会で議論が繰り返され、変化を続けています。